おうち物語⑤ ~神様がくれた時間~

「病院から家に帰るまでの間に、呼吸が止まるかもしれませんよ」

病院の主治医はそう夫に伝えた。

長年連れ添った夫は、迷うことなく言った。

「覚悟はしています。それでも、家に連れて帰りたいです。」

そこから、女性と家族、そして私たちの在宅医療が始まった。

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医師・看護師・ケアマネジャーが、自宅で退院してきた本人と家族を迎えた。

すでに意識はなかった。私は、この関わりが短いものになるかもしれないと覚悟した。

数日後、再び訪問した。目を開けることはなかったが、表情は驚くほど穏やかだった。

ふとベッドサイドを見ると、満開の花畑で笑う夫婦の写真が飾られていた。

思わず尋ねた。

「去年の写真ですか?」

夫は少し照れたように笑いながら答えた。

「昨日、連れて行ったんですよ。目をしっかり開けられたから。

そしたら、自分でピースまでして。いい写真でしょ?……神様が時間をくれたんです」

驚いて、もう一度写真を見た。

日付は確かに昨日。満開の花、満面の笑顔。すぐには状況を飲み込めなかった。

その後、彼女はふと目を開け、ほほ笑んだ。

それからは、まるで世界の光をひとつずつ大切に味わうように、時おり目を開けては、自宅や家族、見舞いに訪れる友人たちを穏やかな目で見つめ日々を過ごされた。

しばらくして、彼女は静かに旅立った。

最期まであの写真のように、穏やかな表情だった。

お看取りの場にいた夫は、涙を浮かべながらも、どこか晴れやかな顔をしていた。あの花畑の写真のように。

医療の現場では、ときに医学では説明のつかない出来事が起きる。

「奇跡」という言葉では足りない、

「科学」では割り切れない、

そんな「神様がくれた時間」を、今日も私たちはどこかで祈りながら、医療を続けている。

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―― ある在宅医療のおうち物語

※プライバシー保護のため、時系列や一部内容を変更しています。